03 アジア疾走編

山村

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道路標識では40km先にパクモンと呼ばれる町があるはずだ。

昨日に引き続き道は川沿いでそれほど急な坂がなかった。おかげで昼近くにはパクモンに到着。昼飯にすっかりおなじみになったラオス風ウドン食べる。屋台のイスに座っていると強烈な眠気に襲われ、しばらくの間ウトウトしてしまう。

この町を出たところの分岐から登り坂が始まった。次の町ウドンムサイまでは距離は80kmだったが、この登りが続いたら一日30kmくらいしか進めないだろう、それほどの登り道だった。

ひたすら坂道を自転車を押し上がる、ようやく坂を上りきると見晴らしの良い尾根に出た。尾根にはなんと家々が連なっている。「村だ!」驚いたが、同時に「なぜ、こんな坂道ばかりで、人里から離れた山奥に住むのだろうか?」少し疑問も沸く。

水やガスはもちろんなさそうだし、必要なものは村内で間に合わせる。完全に独立して自給自足で村を成り立たせているのだ。ある意味先進なのかもしれない。完全独立型コミュニティー。

その村を抜けると更に上り道が現れた。

「なんだ、なんだあの村が坂の終点ではなかったか」

夕暮れ前、再び尾根に出るとまた村があった。ラオスは山国で平地が少ないのでどうしても村と村の間が離れ、独立状態になる。

村にある店でクッキー1000kip(12円)を買う、これが夕食になった。日暮れが迫り、これ以上先に向かっても、もうたいして進めない様な気がしたので、店の男性にそこの空き地にテントを張って寝てもいいか聞いてみた、ゼスチャーで。

「いいよ」という感じの返事がきた。日没間近の夕日の中、テントを組み立て始めると、村人達が私を囲むように集まってくる。子供から大人まで何かのショーを見ているかの様に、私がテントを張る行動を一部始終を見ていた。なんだか照れくさいじゃないか。

テントを張り終えると特に誰かが話しかけてくるわけではなく、遠目に私を観察している。これはこれで間がもたない。日が完全に暮れた。今日は上り坂ばかりで疲れていたので、見守っている中の少し偉そうな年配の男性に「寝ます」とゼスチャーで伝えて、テントに潜り込んだ。

陽気に話しかけてくるベトナムやタイの人に比べるとラオスの人は控えめだ。そして山岳部の人は更に控えめで、コミュニケーションを取るのが中々難しい。

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