ジョセフの決断

5月27日からの好天に合わせ、キャンプ2まで登ことになった。

今年は良い天候に恵まれず登山期が大幅に遅れていた。

春が終わりを告げると、外気温が一気に上昇し、雪崩が頻発するようになる、通常はその前に登山を終了させるのだが、今年は未だに誰も登れていない。

最後の好天には多くの登山隊が期待をかけ、同時期に上り始めた。そのせいか、アイスフォールの難所では見たことのない渋滞が出来ていた。

【写真】エベレストの難関アイスフォールのルートには渋滞が起こっていた。
【写真】エベレストの難関アイスフォールのルートには渋滞が起こっていた。

雪崩の頻度や、クレバスの巨大化は誰の目に見ても明らかで、「いつ自分に危険が降りかかってくるか」と考えると気が気でないし、その危険地帯にいるだけで相当なストレスに感じた。

危ない所は分かっているので、そこは休憩せずに一気に抜ける、その瞬間は本当に気が張り詰め、抜けた瞬間に「生き延びた」と、ホッとする、それの繰り返しでキャンプ2へ。

翌朝、下山する人達の姿をチラホラと見かけた。何だか良くない予感がした。

キャンプ2に来て今、下山をするのは登山を諦めたとしか言いようがないからだ。シェルパ達に会うと「天気予報が変った」ということを告げられた。予報は27日からの荒れ始め31日まで晴れないというのだ。

6月に入ってからの登山は危険極まりないので、実質今年の登山は終わりと言う。突然の予報の変化に、最後の希望の光も消されてしまった。

肩を落としながら、日本のチーム本多のテントを訪れた。

すると日本の天気予報では、明日から風が弱まり3、4日は好天が持つというのだ。飛び跳ねて自分の隊に戻り、日本の天気予報の話をする。ジョセフは半信半疑で、それでは

「衛星電話でドイツの友人に聞いてみよう」

とドイツの予報局に勤める友人に電話をかける。ドイツ語で会話が交わされて、ジョセフが首を横に振りながら、「やっぱり明日から天候は荒れるそうだよ」と残念そうな顔をして言った。

天気予報が真っ二つに割れたのだ、一つは明日から好天が続く、もう一方は明日から天気が崩れる。どちらの予報を信じるかで行動が180度変ってくる。

その日の夕方ジョセフが決断を出した。

「今年はここまで」

と決心の固い顔をして言った。スティーブに続いてジョセフも下山を決めたのだ。「ここまで来たのだから明日まで待ってみればよいじゃなか?」と私は勧めたのだが、「私はドイツの天気予報を信じるよ、それにもう6月だしね。」と言うのだ。スティーブの時と同じで私に引き止める権利はない。私たちの隊ではこの日殆どの人が下山を決めて、キャンプ2に残ったのはわずか3人だった。17人いたメンバーがそれぞれの理由で下山を決めていく。スイスの登山家エビリンが

「山は下りるのが大変なのよ」

とポツリと言った。

夕食時、胸が一杯で食欲がなかった。隊に残る二人のメンバーと一緒に登山をすることになりそうだ。どこかで頂上に行けると信じていたかったが、でももう希望の光も後わずかに感じる。

外は緩やかな風が吹いていた。

【写真】標高6300mのエベレストキャンプ2の様子。
【写真】標高6300mのエベレストキャンプ2の様子。

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