先日ナボナ広場でローマに住むインド人に出会った。
ふとその昔スティングという歌手が「イングリシュマン・イン・ニューヨーク」という歌を歌っていたのを思い出した。
こちらは英語で言うと「インディアン・イン・ローマ」なんだかゴロがよいのではないか。それよりインド人がローマにいるというイメージが面白いのだけど。
旅行をしていて、「今までで一番面白かった国は?」と聞かれると、迷うことなく「インドです」と答えてる。それほどインドは私の日常からあまりにかけ離れ、想像を絶することが色々と起きたていた、本当に面白い国なのだ。
そのインド人にローマの中心のナボナ広場で出会った。
彼の名はシャカールさん、インドの大都市カルカッタの出身だ。ナボナ広場のマーケットで働いてて私も広場で手品をしていたので話しかけれた。
「インドに行ったことがある」
という話をしたら
「おおっ、そうかそうか、是非一度家に来なさい」
と誘われ、シャカールさんのお宅を尋ねることになった。興味津々。
約束の1時を20分遅れて言われていた「Porta Fulba」駅に着いた。イタリアだし、相手がインド人なので、きっとこの位がちょうどよいだろうと思って、シャルカールさんの電話のベルを鳴らすと
「30分後に行く」
と言われた、まぁこんなものだろう。相手が日本人だったら遅れないように行くけど、向こうはどこにいるのか30分後に来るらしい。
駅の周辺をぶらぶらしたが、特に何も面白そうなものはない。約束の30分をだいぶ過ぎてからシャカールさんが現れた。隣にもう一人男性がいた、色と顔つきからして、同じインド人か、バングラディシュ人だ。
シャカールさんはニコニコして「ではうちに行こうか」と歩き始めた。「いやー、待たせたね」とか「ごめん、ごめん、遅れた」と言う言葉は当然ないし、こちらも期待していないので別段何事もなかったようだ、日本だったら「どうしたんだよ!」と大変だろうけど。そう考えると日本の様に日常的に時間厳守の国はむしろ少ない気がする。世界標準は遅れて普通か。
シャカールさんの家は駅から歩いて5分の近さにあった。ここに来るまでの30分は何の間だったのだろうか?
建物の入り口は綺麗で「こんなところに住んでいるのか」と階段を上り、またすぐに降りる、家は半地下らしい。案内されるままに部屋に入るとそこはインドだった。
壁にはヒンドゥ教の神であるシバ神の絵が飾られ、すぐ横の部屋に入ると今度はドゥルガー神が目に入った。インドでよく見かけた「ババジー」のポスターが張ってあり、こちらに向かってにこやかに微笑んでいる。どこからともなくマサラの匂いが漂ってくる、まさにここはインド。
部屋に入ると昼真っからテレビに向かっている若者がいた、仕事がないのだろうか、テレビはもちろんヒンディムービーで、二人の男女が派手な衣装を纏い、軽快な音楽で見つめあいながら踊っている。
部屋の内装もなんとなくインドっぽい。確かに日本人の方に呼ばれて家に入ると、そこは日本のようであるし、インド人の家に入ればインドっぽいのだ。きっとパキスタン人の家に行けばイスラムぽくなっていて、イラン人の家に行けばペルシャ絨毯が敷いてあるのだ。
シャカールさんは周りの部屋も見せてくれた。部屋は8畳くらいの広さでベットが5つぐるっと壁沿いに置かれていた。この部屋には5人寝ているらしい、それから隣の部屋も同じような広さでベットが5つ並んでいた。一体この家には何人くらいすんでいるのだろうか、シャカールさんに尋ねると、12,3人らしい、随分と多い。寮みたいだ。
続いてキッチンに案内してもらった。さっきから漂っているマサラの匂いはここから発されているのだ。キッチンにイタリア料理のオリーブオイルらしきものは一切見当たらず、マサラや香辛料がビンに入って並んでいた。イタリアの料理は作るきなんてないらしい。
「まぁ座れ」
と言われたのでキッチンに二つだけあるいすに腰をかけると、シャルカールさんが懐かしい、銀のお皿を出してきて、その場で洗って
「そこにご飯が入っているから」
と釜のふたを開けてくれた。小学校の給食で使うような大きななべにご飯が炊かれていて、その隣には懐かしい黄色の液体がある。マメを煮込んだ「ダルスープ」だ。
「いいよ、いいよ」
と遠慮していたのだけどご飯を盛られて、ダルスープをかけられた
「手でたべるのか」
と聞くと、台所の引き出しから「どのくらい使ってないのか?」と聞きたくなるような、スプーンを引っ張りだした、やはりその場で洗って渡してくれた。
隣にいた彼は銀皿に大盛りご飯を盛り、ダルスープをかけてガツガツと手で食べ始めた。インドでは日常的な光景だが、久しぶりに見ると、手で食べる姿はなんだがインパクトがある。
その男の隣でシャカールさんも立ったままご飯を手で食べ始めた。まったくイタリアや西洋の文化に影響されたかけらもない。インドそのままだ。
入っていた「しし唐」が辛かったが同時に懐かしくて全部食べた。シャカールさんが何度も継ぎ足してくれるので「充分、充分」と繰り返した、そういえば「インドではいつもこうだったな」。
食後、ゆっくりと話をしているとまたシャカールさんはまた来週の月曜日に来いという。なんでかよくわかないけど、この誘い方がインド人っぽい、なつかしい感じがするのだ。こう何度も人を誘ってくれる人など久しくないものだから。これぞインド人とまたインドでの強烈な日々を思い出す。
視界に入るインドの神々、軽快なシタールとタブラーの軽妙な音楽、そして香辛料の匂い、シャカールさんと話をしているとインドに戻ってしまったかの様な妙な錯覚に包まれる。
しかしシャカールさんの家から一歩外に踏み出せばそこに路上にリキシャ(インドの乗り物)や牛はおらず、整然と並んだ街並みにイタリア人が行き交う紛れもないヨーロッパ、イタリアだ。
来週には再びインド(シャカールさんの家)を訪れてみようと思う。