15 イタリア回遊編

物乞いと芸

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 毎日通るベネチアの駅前の道に車椅子に乗った男性の物乞いがいる。

 車椅子に腰掛けている彼の足は一本しかない、年齢は50~60代じゃないだろうか。日中はおらず、日が暮れてから見かけることが多いのだが、コインを入れる器を手に持ち、本人はいつもウツラウツラと寝ているようだ。

 時々私も投げ銭のおすそ分けで、コインを器に入れると「チャリン」というコインの音で「ハッ」と目を覚まし

「グラッツェ(ありがとう)」

とむにゃむにゃ声で言う。その様子が少しおかしく、ニコヤカになる。

 路上で芸をしてコインを貰い生活し始めてもう9年になるのだが、よく思うのは私も物乞いとなんら変らないということ。

 芸をしていると言ってもそれは見る人に取っては何の意味も、興味もなさないものなのだ。ある人に取っては面白いかもしれないが、別の人にとったら興味の対象外ということももちろんある。その興味の対象外の人に取ってみれば、芸をしていても、ただ器を持って立っていても何ら変りはないのだ。

素晴らしいとされる音楽も、絶賛される絵画も興味のない人にとっては雑音であり、落書き。

ただ興味のある人、評価出来る人にとればそれはそれなりの価値を得る。つまりは他人様次第で価値なんでどうにでも変わる。

つまり私の路上の芸も、物乞いも路上でコインを求めているというスタンスでは一緒だ。

ただ通る人がそこに価値を見出してくれるかどうか。芸と言うのは価値を見出してくれる人が少々多いだけで、何もしていない彼らとそうは変わらないのだと思う。

また物乞いの様に器を持ち、人々に手を差し出すというのもかなりの労力ともいえなくもない。特に凍りそうな寒い日に地べたに座り頭を下げている姿を見ると、なんだか心にこみ上げて来るものがある。これは一種の芸、パフォーマンスじゃないかと思ってしまうことすらある。

物乞いも路上の芸人も「見方によって」は一緒じゃないか。(色々な意見があるとは思いますが。)

【写真】寒い日に路上に座る女性

【写真】寒い日に路上に座る女性


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