15 イタリア回遊編

8年ぶり!

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 2012年4月4日の「偶然の再会」の日記で旅行中の物理的、時間的で最も離れていたのが、4年前にパキスタンで出会った人に地中海上の小さなマルタ共和国で偶然に会ったという話をしたが、今回は更にそれを上回る時間で偶然再会を体験してしまった。

 路上で芸がひと段落着いたところで背後から「ケイイチ?」と声を掛けられた、もちろん知り合いがいるわけが無いので「ギョッ」と驚く、慌てて振り返ると背の高い西洋人の男性が立っている。彼だということは分かったのだが、名前が出てこない。彼と言うのは8年前にインドのデカン高原で会った彼だ。

 2004年の1月、私はインドの東端大都市カルカッタからアラビア海に面する西の大都市ムンバイに向けてインドを横断していた。地理の授業で習ったデカン高原を実際に走りながら、デカン高原は綿花の産地と習ったのを思い出した。しかし実際には季節が違ったのか、綿花の畑など見当たらず、乾燥して枯れ果てた又は未開拓の荒野が広がっていて、「ずいぶんと教科書で習ったのとは違うな」と思っていたのだ。確かに高原というのは当たっていて道は真っ直ぐ平らだった。

カルカッタ-ムンバイのルートは全くと言っていいほど観光名所が無く、横断中は日本人はもちろん、旅行者の姿すら見かけず、地元のインド人しか出会わなかった。そんな中、カメラをぶら下げた西洋人が突如道路脇で写真をシャッターを切っていた。彼のカメラの先にはインドの身分制度カーストの最下の人々の暮す村があった。

そこはハッキリ言って村と呼べるようなものではなかった。ビニールシートを組み合わせた雨だけをしのげる家というよりテントと言った方が適切な作りのものが、サッカーグラウンドの半分位の広さに中に点々と立っていた。そのビニールの合間にから人影がチラチラと見える、ビニールの屋根の上には衣類らしきものが干してある、人が生活しているのだ。

私はインドに入国してから3ヶ月だったが、時々こういった村を通過することがあった。その村の写真を路上から撮影していたのが、パウロさんだった。突然路上に現れた西洋人に驚いて私は自転車を止める、彼の方も私のことを旅行者と認めてくれたのか、カメラを持つ手を下ろして、こちらに向かって「ハイ!」と手を上げてきたのだ。

私達は路上でしばし話をした、パウロさんはイタリアの写真家で写真を撮りながら世界を回っているということだった。それから「イタリアに来たら連絡を」といわれて紙に簡単に書かれた名前とメールアドレスをもらった。

時は流れてイタリアに入国してから、パウロさんにメールを出してみたのだが、メールアドレスは変更されていたのか、アドレス不明で戻って来てしまっていた。

そして先日、路上で偶然に会ってしまったというわけだ。待ち合わせをしていのでもなく、約束をしていたわけでもないのだが、時々信じられないようなことが起こるから世の中面白い。

【写真】2004年インドのデカン高原にて

【写真】2004年インドのデカン高原にて


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