アメリカンボーイ

 一通り芸が終わり、人々が立ち去っていく中、その場にずっと残っている男性がいた。

 若そうだ20代前半だろうかアジア人に見えるけど少し違うような気もする。こういう時は大抵相手が話しかけるタイミングを見計らっていることが多い、彼も例に漏れず目が会うと、スッと近づいて声をかけられた。

「日本人ですか?」

と話かけられたのでもちろん相手は日本人なのだけど、少し想定外だった。日本人にしては少し身につけている服に違和感を覚えたからだ。

 日本人ぽくない少しワイルドな着こなし方でカッターシャツの上にジーンズ地ジャケットを羽織っている。日本人の旅行者には見かけないタイプであったから。「そうです」と日本語で返す。

 応えながら興味と疑問が沸いた、海外生活が長いのだろうか?在住なのかな?と。「僕は一人でヨーロッパを旅行しています」と彼が言う、私の興味はなるべく表面に出さないように聞いていたのだが、彼はそれを察したのか、それとも毎度のことなのか自分のことを「アメリカ人と日本人のハーフです」と追って言った。

 私も急いでないのと、彼も時間をもてあましていたようなので芸の区切りがよい時に待ち合わせてカフェに立ち寄る。

 彼の名はクリス。クリス君は高校卒業までは日本にあるアメリカ軍基地の中で育った。高校まで基地内のアメリカンスクールに通っており、卒業と同時にアルバイトを始め、旅行資金を貯めて、19歳で日本を飛び出したのだそうだ。アメリカ人の父とアメリカンスクールの影響か19歳で一人でポンと海外に出てきてしまうのだから、大したものだ。旅先で誕生日を迎えて20歳になった。

 アメリカンスクールを卒業しているので英語は発音、語彙からして違った。クリス君が話している英語はネイティブである。彼が一人で臆せず海外に出られたのもこの英語力があったのも一つの要因だろう。

 クリス君のこれまでの旅路の話が面白かった。印象に残っている話。上海経由で日本を離れたのだが、中国に入国する時に入国管理局に止められた。

 なぜなら彼はアメリカのパスポートだったからだ、日本人ならば15日間はビザなし滞在が出来るのだが、アメリカパスポート所持者の場合は違う。それを知らずに入国しようとして問題になったという。そこでは日本語はもちろん得意の英語も使えずに連行された。

 その後どうにか1日だけ滞在がビザ無しで許可されて翌日にはすぐに中国を出国したそうだ。ビザの必要な国にビザ無しで入ろうとするとこうなるのかという興味深い話だった。当の本人は出国早々大変な目にあい、心細くなり出国早々に日本に帰りたくなったそうだ。

クリス君は予定の決めない旅行をしていた。なるべく地元の人が勧めた場所を訪れ、現地の人が通うレストランで食事をする。

 当面の目的地はトルコのイスタンブール。その先は未定。彼はまだ20歳になったばかり、これからまだまだ長い旅が続く。若かりし青春の大冒険が今後の彼の人生に与える影響は大きいだろう。そう思いながら硬い握手をして彼の背を見送った。

【写真】クリス君と入ったカフェからのスプリト旧市街
【写真】クリス君と入ったカフェからのスプリト旧市街

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