15 イタリア回遊編

隣のアブドゥ

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毎日芸をしている場所の隣でアクセサリーを売っている黒人男性がいる。

彼とは大抵毎日顔を合わせるので、「よぉ!」「ハイ!」と声を掛けるようになり

「元気?今日の調子は?」

などとたわいのない会話をするようになった。

話始めると、とにかく気さくな男でいつも声高らかに陽気に話しかけてくる。 

彼は「自分はセネガル人だ」といい、名を「アブドゥ」といった。セネガルがどんな国か知らないが、「アブドゥ」というあまり聞き慣れない名は一般的なのだろうか。1980年代後半にポーラ・アブドゥという女性歌手がいたような?と20年以上も前のことを少し思い返した。

それからもアブドゥと顔を合わせると 「ヘイ!、今日はどう?」

白い歯を見せながら話掛けてくる。私もそれに答えて

「今日はよい」とか「人が止まりにくい」とか簡単に返事をする。

路上で商品を並べているのは大抵は移民で、思い切って自国を出てイタリアに仕事を求めて来てみたものの、なかなか職にありつけず結局何とか食いつなぐために路上でモノを売り始めるといったパターンが多いようだ。

路上で芸をするとそういった人と話をする機会が多い。アジア人であればインド周辺、アフリカからであれば大抵セネガル人だ。ローマでもフィレンツェでもベネチアでも名だたる観光地には路上でモノを売る彼らの姿を見かけた。

【写真】路上の物売りは移民が圧倒的に多い。

【写真】路上の物売りは移民が圧倒的に多い。


彼らは路上でモノを売りながら何とか生活しているのだろうけど、そこにあまり悲壮感を漂せていない。どこの地でも「路上にいる者同士」ということでいつも気軽に話しかけてきた。

出会うセネガル人は大抵陽気だったがアブドゥのそれは群を抜いていた。自分の店のお客だろうと、通過するだけの人であろうと

「どうだいカワイコちゃん?これ君に似合うよね?」

とニコヤカに冗談めかして声を掛ける。

声を掛けるけど決してしつこく深追いはしないので相手も嫌なら無視するし、「ふーん、そう」と足を止める人もいる。

そんな様子でアブドゥの方を見ると常に誰かと立ち話をしている。彼のキャラクターに惹きつけられた常連さんも少なくないのか「チャオー」とアブドゥに手を上げて寄って、抱きつくイタリア式の挨拶をする女性さえいる。

このところ毎日アブドゥと顔を合わせているが、彼は本当に底抜けに明るい。落ち込むことが無いんじゃないか?と思うほど元気がいい。

お客のいない時には

「ちょっとさ、君のマジックで幸運をよびよせてくれよ!」

と声を掛けてくる。そんなことはできるわけはないのだけど、こちらも冗談ぽく「ふっ」と息を掛ける仕草をすると、

「おおっ、ありがとう、これで大繁盛だ」とカラカラと笑う。

路上に人がいない時、アブドゥと立ち話をよくした。彼は今29歳でイタリアには6年いるそうだ。そして驚いたのがセネガルには9歳になる息子と奥さんがいるという。なんとまだ若いと思っていたがお父さんだったというわけだ。

家族と離れ離れの寂しさを見せずに、ここで毎日明るく商売をしているアブドゥは稼いだお金をセネガルの家族のために送っているという、ベネチアであったバングラディシュのカマル君もそうだったが、出稼ぎとはそういうものなのだ。

決して楽な境遇ではない彼が日々陽気に道行く人に声を掛けている。父とは強いものだ。それに比べると自分はなんて気楽なのだろうか。

【写真】写真は本文と全く関係のないウェディング。

【写真】写真は本文と全く関係のないウェディング。


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