大好評だったJapacityメンバーインタビュー、第1回はJapacity代表のゆりまるさんでした。
クラブハウスで誕生したJapacity-clubhouseのグループ。 24時間途切れることなく開かれているルームでは毎日様々なトピックが話題に上がり、多くの出会いがあります。 Japacityブログ部では気になったメンバーに簡[…]
ゆりまるさんから始まったこのメンバーインタビュー、バトン形式でJapacityのメンバーをインタビューしていく予定です。
というわけで、今回ゆりまるさんからバトンを渡されたのは!
Meikoさん
です。
Meiko さんはJapacityのルームでいつも上手に会話を回してくれる名モデレーターです。
Japacityのメンバーであれば一度はメイコさんのモデレーター遭遇したことがあるのではないでしょうか。
では早速、インタビュー開始です。
なぜカナダに移住しようと思ったのですか
なぜカナダに移住しようとしたのですが、そしてそれは何年前でしょうか?
小学生4、5、6年生30人をキャンプ1週間、ホームステイ約2週間というプログラムでカナダに引率し、その時、そのプログラム、リーダーシップ、そして自然、空の高さなどに恋しました。大学卒業後、メンタルハンディキャプの療育施設に就職してお金をため、再びカナダへ。この時は1988年、カナダのワーキングホリデービザができて2期目のビザを取得してきました。1年目は旅行会社で働き、2年目はバンフに移動し、現在もバンフに在住です。
恋話ありますか
恋バナですか〜、では夫との出会いを。
夫と出会ったのはバンフの旅行会社です。その会社には独身寮があり、当時寮にいた日本人同士は非常に仲良く、仕事が終わると夜な夜な集まっていました。
彼は私よりも1年前にバンフに来ていて、集まりの時に料理の腕を振るってくれたり、飲み会があると私と夫が最後まで残るということが多々あり、そこからお付き合いが始まりました。。。というわけです。
コミュニケーションについて
カスタマーサービスを担当していたことがあったのですが、ホテルとの交渉などでは言葉に困った覚えがあります。英語の文法を思い出しながら必死で話しました、とにかく必死。バンフに移動して2年目に新人研修用のガイドマニュアルを英和翻訳で作ったのですが、その頃から英語に困らないようになっていきました。YMCAの引率でカナダに来た以前にポール・ニューマンとのCM撮影にニューヨークに行ったことがあるのですが、その時は英語を全く話せませんでした。
そうなんです、大学生の時に。その時に英語が全く話せず、話せたらカッコいいなぁと思い、刺激となったのです。
それから英語ができる友人の勉強法をまねして勉強し始めました。
将来のビジョン
ホームシックは
幸いホームシックになることはなかったですね。
カナダの子育てはとても自由で、2年の産休をとり、2歳の時から仕事に戻って働きました。
残業で子供のデイケアお迎えが遅れそうな時などは「母がいたらな〜」とかは思いましたが、日本に戻りたいとは思いませんでした。夫も全くホームシックにならない人です。
放任主義だったのですが、娘とは今もとても仲良し。夫はさらに娘と仲がよいかもしれません。
Miekoさんからひと言
Meikoさんのクラブハウスアカウントは→こちら
Meikoさんのインスタグラムアカウントは→こちら
ではまた第3回のインタビューでお会いしましょう!ありがトウモロコシでした~。
クラブハウスで誕生したJapacity-clubhouseのグループ。 24時間途切れることなく開かれているルームでは毎日様々なトピックが話題に上がり、多くの出会いがあります。 Japacityブログ部では気になったメンバーに簡[…]