深掘りインタビュー再開第一弾!はことみん

こんにちは、こんばんは、おはようございます

久しぶりに私の「趣味の執筆、ブログ活動」準備オーライにつき始発駅 Japacity 3丁目駅から出発します🚂

私はリアルライフでもひっそり乗り鉄だし、撮り鉄、その何が好きって、動く「景色」がなによりも大好きなんです (おこちゃまです🤗

人生も一緒かなぁ

いろんな駅で降りて、いろんな人に出会って、色々刺激を受けて、なんだか考えさせられたり、学んだり、そんな時間を過ごすことが「生きてる」って感覚を生々しく彩ってくれるって思っていて。人生とは経験という旅なりです。

🚂  🛤️  🗻  🏖️  🗾  🌏  🚂

そんなブログ活動再開第一弾にインタビューに乗っかってくれたのが、九州からことみんです。

12/19 金曜日夜、その昔はJapacity 体育館裏と呼ばれていたインタビュー部屋は、今回は新しくラインのビデオチャットで、懐かしい笑顔と向かい合いつつ、になりまして、久々のことみんの声と姿に、私ったら微笑みがとめられにゃい

今はお仕事の関係で長崎に住んでいることみん、週末は北九州に今年年末に舞台に立つことになっているミュージカルの練習のために帰省しているそうで、金曜日の夜、帰省したタイミングでインタビュー決行できちゃいました

 

Meiko
まず、そのミュージカルの話を聞きましょ。
ことみん

もともとはNPO法人コモンビートというアメリカ発祥の団体が「A Common Beat」 という名の作品の公演を提供しつづけていて、その団体のプロジェクトは20年以上、世界各国に出向いて、展開しているんです

日本でも、「A Common Beat」 のミュージカルの公演が、東京、新潟、関西、九州、拠点で毎年行われています

一つの台本を使って100人、100日でその土地からの参加者が一つ一つ作り上げていくミュージカル

世界平和やそれぞれの人としての違いを超えて、人々が共に生きていく世界観を舞台にしていて、、

詳しくは舞台を見ていただきたいけれど、そんなテーマが根底を流れている作品だそうです

MUSICAL 「A COMMON BEAT」 – NPO法人コモンビート

舞台に立つ仲間との出会いのなかで、ことみんはどんな場所でも、年齢、性別、国籍、障害を越えて、誰とでも話せる、、そんな自分を発見して、まさに、ボーダレス、ジェンダーレス、エイジレスで違いにリスペクトフルな空間で、まさに多様な人たちと出会えて、語り合えた、Japacity時代に自分に身についた力とその思いが今も生き方のモットーになっているって思うそうです

違う意見を得るのが楽しい、中学の時はちがったけど、今は自分と違った視点を持った人と会える事が楽しいって本当に思えるって語ることみん

 (前世の母と慕われちゃってた私も誇らしいです🤗

世界中そして日本津々浦々からのメンバーでにぎわっていたJapacity

最年少のことちゃんとして、まさに、年齢、国籍、性別、障害を越えて、沢山の大人の人たちと話せた(時にもまれて、叱られて?)経験をつんだからこそ、もらえた貴重なアンテナ

それがまさに今、ミュージカルを作っていく日々に役立っていると自負できる

初めて出会う人と100人、(仲間やお友達同士で参加している人もいる中、ことみんは一人で参戦したのだそうです💪💪)その面々は普段は多種多様なバックグラウンドを持つ人々

作品は、楽しいだけではなく、戦争シーンや人の深い重い部分を演じたりもあり、仲間とは常に役作りや表現方法の模索など、それぞれの意見の違いを超えて一つの作品を作っていくために向きあっている

周りの人たちにも「ことみちゃんは本当に年齢、性別、国籍を超えて色んな人を知っているんだね」って感心されることもあるそうです。

ことみん
本当にそうなんです、原点がJapacity!

そしていつも心は、日本の良さを世界へ、世界の良さを日本へって思っている

ことみんは、アンドロイドユーザーだったので、クラハに入ったのは7月以降、国際協力に興味があったので、ふと目についたJapacityの部屋に入ってみた。いまでもクラハのプロフィールには、2021年7月24日に公式に認定式を経て仲間になったと記録が残っている📝📝

Meiko
グリーンピースもらってくれるかな~!
ことみん
いいとも~!

懐かしい!って二人で思い出して感慨深し、、、でした🥰🥰

 

Japacity最年少、まだ大学生を目指して見渡しきれない未来に半分不安を抱えつつ、頑張ってたことみん

現在23歳の素敵な女性になっています

そんなJapacityの思い出を一つ聞いてみました。
ことみん
20歳になるとき、じゅんちゃんが、お祝いに中古だったけれど着物を一式、破格値で送ってくれて、その装いで大人の仲間入りをしました。
私は背が小さいので着物の振袖の長けのお直しに出したら、その時一緒に送っていただいたものの中で草履と巾着が新品のものだったのですが、お直しをしてくれた呉服屋さんが、「これは有名な西陣織の職人さんの手のものですよ」と作者の名前が入っていた品に「この織氏、知っています、素晴らしいものをお持ちですね」と感心されちゃった🥰
 そしてクラハの思い出も一つ
ことみん

大学生の時に世界一周大学という活動に参加していました。

その時、ミラクル!って思っちゃう事がありました。フィリピンのセブ島に出かけて、孤児院を訪ねたり、現地の人と幸せとはなにか?など、考えさせられるテーマで話しあったり、体験したあと,カオハガン島という島に行ったときのことです。その島は日本人の崎山克彦という人が1990年代に1000万円で購入、管理を始めたという日本とはゆかりのある島で、「なにもないけど豊かな島」という本でも紹介され、お金に依存しないくらし、助け合い、分かち合いの文化、自然とともに生きる価値観を具現しているような暮らしが展開されている

「明日、この町に全盲の日本人のカメラマンさんが来る」という話を聞いて、「え、私もクラハでしっているおーちゃんという全盲のカメラマンさんいるんだよ」と仲間と話していたら、本当に翌日島に来たのがおーちゃんと奥様のみっちゃんで、「クラハのことみです」って言ったら、「えー!!!ことみちゃん??」っておーちゃんもびっくり、周りのともだちも、「えーほんとうにことみちゃんの知っている人だったのね!」とみんなびっくり😲😲😲

そのおーちゃんとのつながりのご縁がセカダイの代表者の人と私をつないでくれるきっかけにもなったんです🥰

Meiko

わおー素敵、素敵、そんな偶然も必然だったのかな🥰🥰

ことみん
日本にいると物質的な豊かさにおぼれて、いろいろなありがたさ、特に自然のありがたさとか、忘れがちじゃないですか、500人くらいの島民の人が普通に暮らしていて、そこの人たちとの交流もできて、娯楽と言ったら闘鶏くらいしかない町に、なにもない豊かさを感じた。旅行というより、旅ですね、学校訪問や孤児院訪問などして、あなたにとっての幸せとは、という質問を投げかけられた。友達同士でも日本だと語れない、家族や、お金や、幸せについて、価値観を聞いたり、考えたりして、何もないことが幸せという事もある、自然のありがたさ、貴重さを知ったんです。 ついつい日本だと地位を得ている人やお金持ちが勝ち組ってくくられちゃうけど、そうじゃない世界感にひたりました😌

長崎では初めて実家を離れて一人暮らし。実家で親にやいのやいの言われて育った時代には時に窮屈を感じる事もあったけど、今は帰省するたびに、あったかい湯舟とか、母の手料理とかに前とは違う感謝の気持ちがあふれてくるということみん

英語、フランス語、インドネシア語は趣味ということみんだけど、最近ちょっと語学学習はお休み中

Meiko
2026年はどんな一年にしたい?
ことみん

4月から本格的に社会人になるので、それこそ一人暮らしなので、ちゃんと「自分の足でしっかり立つ」ことが目標、ついつい今まではまだ大学生とか、お母さんいるし、とか自分に甘える事もいくつもあった。

もちろん一人だけでは生きていけないから、頼るべき時は頼るけど、

一社会人として、地に足をつけて、自分らしく行動できる人になりたい。

自分はこんなことをちゃんとやっているというのを自慢や見栄ではなく、身の丈で発信したい。

テーマパークで働くので、目の前の人をわくわくさせたい、目の前のゲストさんや相手にちょっとでもわくわくしていただけて、人生の一ページをカラフルに彩れたら、、と思うんです。人をわくわくさせるには自分自身がわくわく生きていないと😆

Meiko
Japacityでいろんな会話を交わせた懐かしい皆さんに一言、メッセージをどうぞ
ことみん

なんだろう、、、みなさんとともにひとつずつ成長していくことができました。

これからもことみんらしく自分の人生を歩んでいきます🤗

初めての再会で新横浜でもデートしたし、博多でも会えて、ことみんの通う大学も、見学させてもらって、バイト先のIKEAにも行って、同僚や先輩の方に、私の事を「私の英語の先生です」と屈託なく紹介してくれちゃったことみん、彼女のここからの活躍と成長がますます楽しみ 

今日は1時間のインタビューアワー、一緒に過ごせて幸せでした 🥰

感謝!

さて、このブログ列車のつぎなる停車駅はどこ???😆

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