サシャとの会話

 プーラの街の同じ場所で毎日手品をしていると、必ず覗き込んでくる男がいた。

 初めて見たときは反対側の壁にもたれかかりながらこちらを見ていて、芸が終わっても、立ち去るわけでもなくコインを入れてくれるわけでもない。

「何者だろう?」 身なりはきちんとしているので浮浪者ではない、歳は30代前後、日中からひたすらこっちを見て仏頂面、壁にもたれかかっているので「なんだか嫌な感じ」

 翌日もまた同じ場所で壁にもたれポケットに手を突っ込みながら、こっちを見ている。「またか」と思っているとその男性がこちらに近づいてきた。「英語はしゃべれる?」と聞かれ、「まぁ」と返事をすると

「君はここに来る時期を間違えたね」

と唐突に言い出した。私は顔を思い切りしかめながら「むうっ」と声には出さないが唸る。こっちにはこっちの都合があるのだから「間違い」といきなり指摘するとは、何を言い出すんだ。男は私の反応におかまいなしに話を続けた。

「君の芸だったら夏の間に来れば、かなりの稼ぎになるよ」

と。「なんだ少し褒めてくれているのか?」と機嫌を取り戻し「ははっ、そう」と少し緩んだ返事をした。

「夏の間のここの人では尋常じゃないよ、この通りが全部人で埋まるのだから、だからここには夏に来るべきだよ」

男は少し手振りも加えて説明を続けた。

「僕も夏の間はジュエリーを売っているんだ、アジアにもタイや、インドネシア、中国にも輸入に行くことがあるんだ。君は中国から?」

「いやいや、日本から」

「日本か、いつか行ってみたいと思っているんだけど」

と彼。今度は私が質問した。

「夏の間はジュエリーをジュエリーを売っているんだよね、冬は何をしているの?」

「ほら、あそこでクリスマス用のイルミネーションを売っているんだよ」

 私が芸をしているところから5mくらい離れたところに民家の入り口にやたらにイルミネーションが飾られているが、彼はそこで電気のイルミネーション飾りを売っているらしい。見たところ全く売れている気配がない、それで暇そうにこちらを見ていたのだ。

 私は右手を出しながら「私は岩崎です」と名乗ると、相手もそれに合わせて手を出して「僕はサシャ」と言った。イタリアではパウロさんとかマルチェロさんマッシモさんという名前に聞き慣れていたのでサシャという名前は新鮮だ。

 それからは毎日顔を合わせると、挨拶をし、お互い路上に人がいなくなると道路の端で色々な話をした。サシャは人がいない時の店番が暇で暇でしょうがなかったらしく、話し相手が出来たので嬉しいそうだ。こちらもひたすら誰もいない路上で芸をするよりは誰かと話していた方が次に人が出てくる時間帯まで時間が潰しやすい。

 サシャとの話は家族の話や旅行の話、はたまた政治の話にもなった。サシャが言うにはクロアチアの政治も大変な状態で、警察もよくない、仕事をしないという。何か根拠があるのかサシャは力説する。

「なんで警察は仕事しないの?」と不思議に思い訊ねると

「見てくれよ俺の店、街のメインストリートにこうやって露店を出しているだろ?普通なら手続きがすごい複雑なんだよ」

「そりゃそうだ、イタリアでも路上でものを販売すると容赦なく警察が来ていたもの」と言うと

「この国は違うんだ警察に知り合いがいれば大丈夫なんだよ」

「いやいや、いくら知り合いがいたって法律できまっているんじゃないの?」

「だ・か・ら大丈夫なんだって。現にこの店も知り合いの警察官にハム5kgをプレゼントしてそれで出してるんだから」

「えっ?」一瞬「ハム」という単語が聞こえたので聞きなおした「何?ハム?」

「ハムだよ、ハム、知らない?肉屋で売っているハムを5kg?」

「ええっ、店を出すのにお歳暮みたいにハムをプレゼントするの?」

「そうそう、そしてここに店が出せてしまうのさ」

イタリアも大変なことになっていると思ったが、ハムで店が出せてしまうここよりはましな気もする。

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