ワンマンボート

「パグ島に渡るボートなら月、水、金曜日の昼の12時に来るよ」

ツーリストインフォメーションの愛想のよい温和そうな男性が流暢な英語で教えてくれる。

「えっ、ボート?フェリーじゃないの?」

「そうフェリーじゃないよ、大きなボートだ、自転車も問題なく乗せられるよ」

教えてもらった通り金曜日の11時半に発着所に向かった。

「ボートはどこだろう?」

と港に停泊している数隻の船体に書かれている文字に目をやる。「大きいボート」と言われたからには100人前後が乗れる全長20m位の船をイメージしていたのだが、そんな船は見当たらない。

停泊している船の中にひと際目立った小さいボートがあった。

「ずいぶん小さいボートだな」

とその船の横を通過する。ふと船体の横に書いてある黒い文字に目が止まった。「Lun-Rab-Lun」と書いてある。「Lun」はこれから目指す港「Rab」は現在の港だ、ええっ!これ?。全然大きなボートじゃないじゃないか、むしろ小さいボートだ。ツーリストインフォの男性の感覚から行くとこれが大きいボートなのか?それとも何かやもえない事情があってこれなのか。しかしこのボート全長6メートルくらいしかないのだが、距離は近いとはいえアドリア海の海を渡れるのか。

【写真】驚くほど小さいボート、これで行くのか!?
【写真】驚くほど小さいボート、これで行くのか!?

ボートの周りを見渡すがチケットを扱っている人も運転手らしき人も見当たらない。それどころかお客もいない。

 とても出航30分前とは思えない状態だ。こりゃどうなるんだろうと思ったら出航の10分前に船に近づいてくる男。あごひげを生やしたいかにも海の男といった感じでかっぷくもよい。男は船の前でウロウロしていた私に笑顔で「ハイ!」と手を上げてきた。間違いない運転手らしい「ボートのチケットは?」と訊ねると「ああ、僕が売っているよ」と言う、ワンマンバスならぬワンマンボートか。

 一人550円(35クーナ)、自転車も550円(35クーナ)。

 少々高いと思うが、この路線はこのボート一本らしいので独占市場、選択の余地なし。

 老人と20代の女性がボートに近づいてきて彼らもお客のようだ。それから出航間際になって、子供二人連れた女性が乗り込んできた。なんだかほのぼのしたローカルのボートだ。お客もそれほどいないからこの大きさで十分なのだろう。船が動き出した「おっ、12時か」と思い時計に目をやると11時58分。いいのか?12時ちょうどに駆け込んできた人は船が既に無くて驚くだろう。

 ボートがゆっくりと速度を上げながら岸から離れる。町の高台にある教会の塔や茶色い家々の屋根が遠のいていく、波は穏やかで船は心地よく揺れる。船の旅はいいなぁと少々冷たいが気持ちよい風を浴び、船尾から青い海に出される白い泡を見つめなが思う。さて前方はと振り返り、操舵席を見て驚いた。なんと先ほど最後に乗り込んできた子供が席に座り操舵を手にしているのだ。ひぃぃぃぃ!

【写真】小さい子供が操舵を握っている、大丈夫か?
【写真】小さい子供が操舵を握っている、大丈夫か?

 船の操舵といえば皆の命を預かる重要なところだ、そこを子供に座らせるとはなかなかほのぼのしているが恐ろしい光景だ。ワンマンバスの運転手が小学生に運転席を譲っていたらそりゃ「おいっ!」となるだろう。いくら海の上で交通量が少ないからといっても、あの子供が調子に乗って「面舵イッパーイ」とかやったらあぶないんじゃないの?とか思うのだけど。まぁ運転手が横に張り付いているから大丈夫だと思うが「いや~ローカルすぎるだろ」。しばらく船は子供に託されて進む。

 40分ほどで目的の隣の島であるパグ島に着いた。いよいよ船が着岸という時点になって、船が桟橋に近づくと、今度は子連れのお母さんが「サッ」と船から桟橋に飛び移り、船体の紐を手繰り寄せ波止場にくくりつけている。その華麗な慣れた動作を見てこの船どんだけ地元の人に根付いているんだ?と感心してしまった。

 無事に着岸し荷物を降ろし、道路脇で自転車に荷物を積んでいると、一台の車が近づいてきた、窓から先ほどのボートの運転手が顔を出して

「パグまでの道のりは分かる?ここをまっすぐだからね」

 と教えてくれた。あれ今日はもうボートはおしまいなんだ、と彼の顔を見ながらお礼を言うと、助手席には先ほどの子連れの女性が子供をひざの上に抱きかかえている。なんだなんだワンマンボードでなくファミリーボートだったのか。

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