レッチェの街の片隅でギターを担いだ男性に話しかけられた。
路上で芸をしていると同じ路上の芸人から話しかけられることは少なくない。
背中のギターを見つつ「おっ、路上のギタリストか」
彼は「君の芸を見たよ!、エネルギッシュだね!」
と笑顔でいう。
はて、手品を見て「エネルギッシュ」という感想は初めて聞いた気がする。
そして彼は「自分はジョルジオ」と右手を差し出してきた。
こちらの人は自分の名前を名乗る時に右手を差し出して握手を求めることが多い、名前を名乗ることは「あなたに対して親しくなりたい」ということと、握手をすると「敵意はありませんよ」という合図になる。
ちなみに、路上の激戦区で友好的でない場合は相手も名乗らないし、握手までは程遠い。
こちらも「イワサキです」と名乗りながら右手を軽く握り返した。
ジョルジオさんの話を聞くと彼はギターを担いでイタリアを旅行中との事。
出身はイタリアの北部のトリノ。現在はブーツの形をしたイタリアのかかと部分、レッチェ。トリノはブーツの形で言うと、ひざに近い部分にある街。
路上の芸人が話し始めると大抵話題は「どこを回ってきた」とか「どの街がうけた」とかそんな話が多い。
ジョルジオさんの話を聞くと彼の地元のトリノがとにかくよいということだ。
トリノはイタリアの第四の都市。芸にもおおらかで町中にアーティスト、路上の芸人があふれているという。そういえば最近よく話をするようになった大道芸人のクラウディオさんもトリノから来ている。
ジョルジオさんが「トリノに来ることがあったら是非電話してくれ!」と電話番号を交換しあった。
これが9月上旬のレッチェでの話し。
10月に入り、学校の新学期が始まるとレッチェの街から観光客の姿が減っていく。もう夏のバカンスシーズンもすっかり終了。
というわけで移動先を考えた。そんな時に真っ先に候補先に上がったのが北のトリノ。何せまだ行ったことがない街なのである。
イタリアは自転車でかなり細かく回ったのだけどトリノだけはまだ。というわけで冬が来る前にトリノに向かってみることに。
今回はまたも自転車を電車に乗せて南から北へ大移動。イタリアは簡単に電車に自転車が乗せられるのがよい。一応ミラノまでは自転車で到達しているのでミラノからトリノまでは自走する予定。
トリノに着いた最初の土曜日。
早速路上へ向かう。トリノは人口約87万人の大都市。街も大きく芸ができそうな通りも多い。
初めての街はとりあえず自分にあった通りを探すのが路上芸人の最初の仕事。
いくつかよいと思える通りを徘徊していると、サングラスをかけた長身の男がこちらをずっと見つめている。「まさか」な
サングラスの男が両手を広げて「おおっ」と声をあげる。
「ジョルジオ!」
トリノに着いた初日から路上で合うとは。
ジョルジオさんはレッチェで会ったときは一人で演奏していたが、地元のトリノでは友人のロベルトさんの演奏するコントラバスと共演している。
トリノの滞在中は彼らのライブに合わせて手品をするということを何回かさせてもらうことになった。
一度ジョルジオさんが住んでいる中心地近くのアパートに呼んでもらっのだが、そこは凄い散らかった部屋で驚いた。ジョルジオさん自身「オレの部屋は凄いからな」と言っていたが本当にすさまじい有様だった。
「えっ、廃墟?」とか思うレベルである。
これを見て「何が、あったんだジョルジオ」と思ったわけではない。話は続く。
それから数週間、再びジョルジオさんから「手品をしに来て欲しい」と連絡が入った。
今回の会場はジョルジオさんのお母さんの誕生日会だそうだ。
なんだジョルジオさんの母親の誕生日に手品を見せて喜ばせてあげるのか、なかなかよい息子だ。と思いつつ、かなりアットフォームな感じで数人相手に演じるのかと勝手に想像していた。気楽である。
で当日、送られてきた住所に自転車を走らせる。トリノ中心地から2kmくらい南下した住宅街にジョルジオさんの自宅はあった。
建物の中にはいる、なにか入り口からずいぶん厳重な感じのマンションだ。「ずいぶんと立派な建物だな」
それからジョルジオに案内されて玄関をくぐると、驚いた。いきなり本が壁一面に並んでいる。ただものでなはない本の数。
ジョルジオさんがアパートが廃墟のような部屋だったので、そのギャップに面食う。
部屋は大きく、なぜかドレスアップをした紳士淑女が上品にワイングラスを傾けながらおしゃべりしている、30人はいる。うわっ。何か想像していたのと激しく違う。
部屋の中にはグランドピアノが置かれ、年代モノの家具が並んでいる。とても上品な室内。ジョルジオさんがお母さんといって紹介してくれた女性は短く切られた白髪でシックな黒のドレスを身につけ、お父さんと紹介された人はこれまら穏やかな白髪混じりの上品な男性。
「何これジョルジオ?」と聞きたかったが、ジョルジオはお客さんの相手で忙しいそうだ。
近くいた男性に話しかけるとジョルジオさんのお父さんは医者でお母さんは教師だという。
グランドピアノの脇には写真屋で撮ったおめかししたジョルジオさんの若い頃の写真が飾ってある。本当にここが実家らしい。
なんだこのギャップ。イタリアの路上をギターを演奏しながら徘徊し、廃墟のようなアパートに住んでいる男であるが
「なっ、なにがあったんだジョルジオ!」
彼の人生に一体何が起こったのか気になる。
合間を見て尋ねると、ジョルジオさん曰く「小さい頃から勉強や習い事を押し付けられて育ったけど、オレは自由に憧れたのさ!俺は自分の人生を生きるんだ!」
とのこと。医者と教師の間に生まれ、裕福な家庭に育ったのに、現在は路上のギタリスト、うーむ。人生どうなるかわからないものである。