12ユーラシア最西端へ編 2008年4月10日 春到来 4月に入ると寒さが和らぎ、ヨーロッパの長い冬が終わりを告げようとしていた。 冬の間枯れ木の様に枝だけだった街路樹の葉も青々としてきた。 顔をなでていく風も穏やかに感じる、春の到来だ。 最近はアンダンテのホームページの制作からページ内で使う地図、そして実際に旅行者がブダペストを訪れた時に便利な地図を制 […] 続きを読む
12ユーラシア最西端へ編 2008年3月20日 ハンガリー名物 今いるハンガリーには世界に誇る名産物がある。 世界三大珍味とされるフォアグラと貴腐ワインだ。 日本にいる時はフォアグラの名は耳にしたことはあったが、ここハンガリーに来るまで食した経験はなく、全くと言っていいほど興味も無かった。 アンダンテに滞在中にヤマケンさんやオーナーから「ハンガリーはフォアグラの […] 続きを読む
12ユーラシア最西端へ編 2008年3月12日 壁作り ハンガリーの日本人宿でお手伝いをしながら春が来るのを待っている。 最近は部屋を区切る壁の製作、それからお客がいない時を見計らって壁にペンキを塗ったりしている。 部屋を仕切る壁など今までの人生で一度も作ったことが無いのだけど、オーナーは私に任せて大丈夫なのだろうか。 どうにかこうにか形にはなったけど、 […] 続きを読む
12ユーラシア最西端へ編 2008年2月20日 卒業旅行シーズン 2月に入ると若者、特に20代前半の宿泊者が増えた。 「卒業旅行シーズン」が到来したらしい。卒業旅行の若者はバックパックよりもキャスター付きのスーツケースで身軽な感じて旅行している人が多い。 それ以外のシーズンはヨーロッパをバックパックで回っている人、または世界一周と言って日本を出発してグルリと地球を […] 続きを読む
12ユーラシア最西端へ編 2008年1月15日 長期滞在者 アンダンテには様々なお客さんがやってくる。 大抵は2,3日、長くても1週間ほどで皆旅立って行ってしまうのだが、10日以上、中にはひと月以上も滞在してくれるお客さんもいる。 年末年始は特に日本人同士で過ごしたいと思うのか、10日以上の連続宿泊者が数多くいた。 彼らの殆どはバックパッカーと呼ばれる個人旅 […] 続きを読む
12ユーラシア最西端へ編 2008年1月1日 正月 日本を出てから6回目の年が明けた。 旅行を続けているせいか、歳を取ったせいか、年末年始の行事に対しての関心が薄れている。 人間社会との関係が希薄になってくると、この暦そのそもにあまり興味がなくなるのかもしれない。なぜなら自然界には年末も年始もないのだから。 アンダンテに宿泊中のお客は皆「新年を広場で […] 続きを読む
12ユーラシア最西端へ編 2007年12月15日 階段工事 アンダンテに戻ってから最初の手伝いは階段工事だった。 今までの螺旋錠の階段を取っ払ってストレートの階段を取り付けるというものだ。 ちなみに私は大工ではないので全くの素人なのだが、何となく日曜大工的感覚で取り掛かっている。 階段には鉄骨も入っていて、解体するにはそれをバラさなければならないのだけど、そ […] 続きを読む
12ユーラシア最西端へ編 2007年10月8日 走り出す瞬間 いよいよ出発だ。 まずアンダンテの前で皆で写真を撮影し、それから自転車を外に出し荷物を積む。 私にとっては毎日繰り返して来た作業だが、他のメンバーにとっては初めての作業である。皆荷物の重みで自転車がひっくり返らないように抑えなが何とかゴムバンドを使い荷物をくくりつける。 オーナやヤマケンさんに感謝の […] 続きを読む
12ユーラシア最西端へ編 2007年9月28日 酔った勢いで トモさん出会ったのはちょうど私の35歳の誕生日の夜だったのでよく覚えている。 アンダンテのスタッフと旅行者の何人かがお祝いをしてくれて、ご馳走が並んでいるところにタイミングよくチェックインしてきた。 「あっ、どうもこれ食べてもいんですか」 と申し訳なさそうに頭を下げる。 第一印象は「控えめで腰の低い […] 続きを読む
12ユーラシア最西端へ編 2007年9月7日 衝撃的差し入れ ブダペストには「奥山のSUSHI」という寿司屋がある。 その名の通り奥山さんという主人が経営しているお店だ。 近年海外ですし屋を目にすることは多いが、大抵は中国人経営である。日本で修行したシェフがいるならまだしも、見よう見まねで作った寿司もどきを出す店も少なくない。 しかし奥山さんは10代から寿司を […] 続きを読む