04チベット編 2003年4月12日 たき火 今日も工事中の道が続く。 ホコリがすごいし、進まないし、ろくなことがない。 それにしても中国は工事に携わっている人の数が多い。重機を使うよりも、人海戦術で工事を進めているように見える。人口の多い中国ならではの工法か。 朝飯は、自転車を一時間くらい押した先の小さな店でインスタントラーメン1元(15円 […] 続きを読む
03 アジア疾走編 2003年3月13日 再びの中国 ラオスの北の国境から再び中国に入国した。 テントから出ると、薄暗いが既に体操などをしている人が辺りを動き回っていた。 「そうだ、これも中国だ・・・」 皆、朝が早く太極拳や体操などをするのだ。今回は話しかけられることは無かったが 「よく、早朝から話しかけられたな~」と前回のことを思い出した。 テント […] 続きを読む
03 アジア疾走編 2003年3月12日 再びの中国 国境までの舗装の状態を心配していたが、20km位手前から良く舗装されていた。 舗装道路のおかげで日が暮れる前にはボーテンと呼ばれる国境の町に到着。 道の先には踏切みたいなポールが降りている。「これより進むな」と言うことだろう。 今日のイミグレーションの営業は終わりらしく、ガランとして職員はもちろん、 […] 続きを読む
03 アジア疾走編 2002年7月28日 慣れてきた中国 *広州で再び自転車を手に入れて、自転車で走ってます* 大きな家具屋が何キロも並んでいる通りを走っていと薄暗くなってきた。 早々にシャッターの閉まっている店の前に寝場所を決め、シートを広げ寝ころぶ。 近頃は中国での野宿に慣れたのか全くと言っていいほど警戒心がなく、ほんとにシャッターの前でゴロ寝という感 […] 続きを読む
03 アジア疾走編 2002年6月15日 香港 雨も降らず順調に進んで中国と香港を繋ぐ深センに昼前に到着。 この街は香港の影響で急激に成長し、貧富の差が開き、治安が中国一が悪いとの噂がある。 近年に発展したと言うだけあって、確かに街並みは近代的で、ガラス張りの高層ビルが立ち並び、中国では珍しく街路樹もすごく整えられている。 全体的に新しい街に見え […] 続きを読む
03 アジア疾走編 2002年6月1日 駅前野宿 広州駅は大きく、駅前はいつも人でごった返している。 そして日本では考えられないが、電車待ちで夜を明かす人がものすごく多い。 ホームレスの人とは違い、一般の人が駅で夜を明かすのだ。 それもかなり大勢、恐らく300~400人もしかするとそれ以上の人が夜通し駅前にいて、広場の前で眠っている。 電車の発着が […] 続きを読む
03 アジア疾走編 2002年5月12日 バナナ 中国を南下するに従って、路上でのバナナ売りをよく見かけるようになった。 「一体い位らいするのだろう?」 素朴な疑問が沸く。 「中国の物価から考えると、もしかしてものすごく効果的な食べ物なのでは」 と思い、道ばたでバナナを広げているおばちゃんに「1元」と試しに言ってみた。 「あいよ」 おばちゃんは嫌な […] 続きを読む
03 アジア疾走編 2002年5月1日 一元分 中国に入ってから最初の日、韓国のユンさんにご馳走になって以来あたたかいものを食べていない。 なんとかシムさんに貰ったパンを少しずつ食べながら生きながらえていた。 しかし自転車をこぐと腹が減る。 ふと道際の屋台で売っている、焼きたてのパンの香りについつい引き寄せられた。 パンを指差し「1つ」と言いなが […] 続きを読む
03 アジア疾走編 2002年4月26日 中国野宿 ひたすら湾を回り込むために西へ西へ走り続けた、休まずに日が傾くまで走り続けた。 「このくらい来れば湾を回り込めただろう」 と思ったので、南に向かう道に進んだ。 南に進み始めると、辺りは薄暗くなり、だいぶ街からは離れたようなので、野宿できそうな場所を探した。 ヒッチハイクでは野宿場所を探すのに歩き回る […] 続きを読む
03 アジア疾走編 2002年4月25日 ゴーウェスト!! 2002年4月25日 ユンさんも迎えの人の車を見つけたらしく「こっちです」と私を誘導してくれる。 「この車に荷物を積んでください」といわれ言われるままに荷物を積み込み車に乗り込む。 車を運転しているのは李さんといいユンさんを韓国から中国に招待した人だ。 車は勢いよく走りだした・・・・韓国とはまた変わ […] 続きを読む