撤退

昨日の午後くらいから始まった頭痛が治まらない、典型的な高山病の症状だ。

横になると幾分症状は和らぐものの、なかなか寝付ずにいた。

高山病対策に「水分を沢山摂取する」というのがあり、昨日から水を飲み続けているが頭痛は治まらず、それどころか水を沢山飲むのでトイレに行きたくて仕方なかった。

寝袋から抜け出してテントを出て厚着をしているズボンを下ろすのがまた面倒だった。

寝る前はあれほど吹いていた風は深夜過ぎからおさまり「シーン」という耳鳴りが聞こえるほどの静寂に包まれた。

時々かすかに聞こえるシェルパの寝息だけが唯一の音。この様子なら明日は晴れそうだ。

朝5時、起床。

頭痛はだいぶ引いていて「これならいけそうだ」。ペンバシェルパがお茶を作ってくれてそれを貰う、続いてインスタントラーメンを作ってくれたがどうも食欲がない、しかしこれから動かねばならないので無理してかきこむ。

プラスチックブーツを履く。

頭の調子がよくないので、無理をしないようにしなければ。高山病で死ぬ人は沢山いる「自分は大丈夫」などと思わないようにしなければ。

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テントの外に出る、アイスアックスを手に持ちアイゼンをカバンに入れ背負う。そしてペンバシェルパの後に続くが、足が重い、息が切れる。こめかみのところの血管がドクドクしている。

動き始めると上着が暑い、上着を脱ぎ腰に巻く。もし本当に体調がよくなくなったら、戻ろうと。

しかしその思いに反して次第に体調は良くなり、息も切れなくなってきた。

岩の坂が終わり、幅の狭い岩場にに入る、雪が残っていて時々足が腿くらいまで深く埋まる。

ペンバシェルパは簡単に登っている様に見えるが、実は足を滑らせたら大変なことになりそうな所だ。

岩場を上る
【写真】岩場を上る

先行するペンバシェルパが振り返り

雪の状態が良くない

と言う。新雪が積もっていて、雪崩が起きるかもしれないというのだ。

アイスバーを打ち込んでも新雪が柔らかすぎて利かない「どうするか?」と聞かれた。ハッキリ言って、これは選択の余地がない質問だ。

経験豊富なシェルパが「雪崩の危険がある」と言っているのに、進めるはずがない。

誰も雪崩に巻き込まれて死にたくはない。この瞬間、本当にあっけなく、突然にアイランドピークの登山は終了し撤退が決まったのだ。

ここに辿り着くまで時間をかけて来たのに、頂を踏むことなく終了である。

アイランドピークに向かう道に比べて帰り道は暗い気持ちになった。

ここまで時間を費やしても何の予期もなしに撤退になることがあるのだ、自然相手の登山は何が起こるか分からない。10日費やしたアイランドピークでこれだもの、2ヶ月以上費やすエベレスト登山の撤退はこんな気持ちと比べ物にならないだろう。

撤退するには勇気が必要」という言葉を耳にするがこの言葉の意味が分かった。

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