一度きりのチャンス

交錯する天気予報を絞り、アタックする日が決まった。

19日から23日まで良い天気が続きそうだとの天気予報が多かったので、私達の隊もその情報に乗り出発することになった。

いよいよ明日出発という時になり、天気予報が一転した、晴れの期間が一日早まったのだ。

つまり、明日出発を今日にしなければ登頂は難しいという予報になった。それを聞いて同じ隊の4人はすぐにベースキャンプを出発、キャンプ2を目指した。私達は準備が間に合わなくて予定通りベースキャンプの出発は19日、一気にキャンプ2まで上がり、その翌日には標高7300mのキャンプ3に達した。

【写真】標高7300mにキャンプ3を設置。
【写真】標高7300mにキャンプ3を設置。

高度順応でキャンプ3まで一度来たことはあるが、7000mを超えると、呼吸が異常に困難になり、このキャンプ3から就寝時に酸素を使う。

 ボンベを横に置き、マスクを付け酸素を毎分0.5リットルで流した。 

 冷たい、味も何もない気体がゆっくりとマスクの中を満たす、深い呼吸をし、それを肺の奥底に吸い込む。今までの荒い呼吸が緩やかな呼吸に代わり、意識がハッキリし、気持ちまで安らぐ、ホッとするのだ。そのまま横になると、ベースキャンプで寝るのと同じ様な感じである。深い眠りは疲れを癒してくれる。

私達がキャンプ3に達した同刻、一日前に出発した4人は、標高8000mのキャンプ4に到着。

今夜山頂アタックをかけるらしい。私達は一日出遅れた形になっている、天候が明日から崩れるのであれば私達にチャンスはない。こういう時は「出遅れたこと」を激しく後悔してしまう、「なんであの時出なかったのか」とそうすれば、今頃はキャンプ4で登頂の機会をうかがっていたかもしれないものをと。

翌朝、シェルパが無線で話している声がうつらうつらしていると耳に飛び込んできた。

「昨夜の組は登頂できたのだろうか?」と気になっていたので、体を起こして尋ねる。シェルパのティリーが言うには「昨夜のアタックは失敗に終った」とのこと「何故?」と聞き返す私に「強風だったらしい」とティンリー。

 それから今も上方の天気は芳しくないとのことだ。そして今日の我々のキャンプ4の移動もキャンセルになり、私達はキャンプ2に戻ることになった。

キャンプ2に着くと、キャンプ4にいた4人も下山してきた、彼らは風が強くてルートが確保できずに降りて来たと言う。私としてはまた天候を待って再び山頂を目指してもらいたいのだが、一度キャンプ4に行った人間にそれは難しいのだ。

なぜなら、隊員はそれぞれの自分の使う酸素しか準備してないからだ。つまり、一度8000mまで登り、山頂アタックを試みると自分の所有酸素を消費してしまい、次に8000mまで行けたとしても、アタックする酸素が不足してしまうのだ。基本的には皆、一回分のアタックの酸素しか持っていないので、酸素ボンベが足りないということは「次の機会はない」ということになる。

下山してきたロシアの登山家ルドゥミラーが「ロシアからエベレストに挑戦するのは困難でこれが自分には人生で一度のチャンスだった」と悔しそうに言っていた。

私達は一日出遅れたのが幸いして、キャンプ3で寝ている間しか酸素を消費しなかったのでまだアタックの機会は残されている、昨日まで「一日出遅れた」と後悔していたのだが、出遅れていなかったら今頃は酸素ボンベを消費して、今年の登山は終っていた。

登山では絶対的に正しい判断など誰も出来ない、全ては山であり天候であり自然に委ねられているのだから。

【写真】エベレストへの山頂アタックの機会は一度きり。
【写真】エベレストへの山頂アタックの機会は一度きり。

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