好天を待つ日々は退屈だ。
ベースキャンプには電気はきていない。発電機を持ち込む隊もあるが、発電機を動かすにもも燃料が必要で、結局のところ節約が大事になってくる。どの道常時電気が使えるわけではない。
私のいた隊は発電機がなく、電気が必要になると、ベースキャンプから歩いて2時間のゴラクシェプまで下って、充電をすることになる。何度か充電の為に往復4時間掛けてゴラクシェプまで行ったが、あまりに大変なので、最近は日本の登山隊に充電をお願いしている。
テレビも電話も、コンピューターもなく、娯楽は一切にない世界では唯一の暇つぶしが隣人との会話、もしくは近隣へのトレッキングだ。
しかしそれも滞在ひと月が過ぎると、大抵の人とは顔見知りになり、近場のトレッキングはどれも行ってしまったということになる。
シェルパ達は彼ら独自のゲームがあるらしく、よくどこかのテントに集まっては大声ではしゃいでいた。まるで緊張感の抜けた日々が過ぎる。
皆があまりに暇だったのか、エベレストベースキャンプ芸大会の様なものが開催された。皆退屈だったのか、50人くらいが集まっていた。
メインの出し物はチェコ隊の女性のバイオリンだった。
チベットの民族衣装を着た、チェコの女性がテントと雪山を背景にバイオリンを奏でる姿は何ともミスマッチで奇妙な取り合わせだったが、バイオリンの音色は透き通っていて何故か懐かしい気持ちになった。音楽がこの荒廃した世界から潤いのある街の生活へ引き戻す。
彼女に続いて、アメリカの男性が「ハーモニカ」の演奏を行った。これは何だかブルースで場末の酒場というイメージだった。しかしどんな音楽でも生演奏はいいものだ。
続いて「誰が何かする人は?」という話になり、隊のシェルパが「手品、手品」と騒ぎたてるので私に声がかかった。
登山には100%関係ないけど、手品道具だけはベースキャンプに持ってきていたので、演じさせてもらう。皆娯楽に飢えているのか、やたらにウケがよかった。
これから始まる最終アタック前の短い安らぎのひと時だった。