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ネパール

  • 2005年10月1日

6人で出発!?

いよいよカトマンドゥを離れる日がやって来た。 ここでお世話になった人はあまりに多く、、出発の前々から少しずつ訪ねて感謝の気持ちを伝えた。 特に私を滞在させてくれたプラカスさんアツコさん夫婦には感謝してもし足りないくらいだ。 この「ご恩はいつかきっとお返しします」と古典的な台詞だが気持ちを込めて伝える […]

  • 2005年9月26日

インド大使館へ

父がネパールに来て、次に友人たちが遥々ネパールまで会いに来てくれた。 私に会いに来たというよりは、ネパール観光に来たようなので市内の案内とトレッキングガイドをさせてもらった。 再び入るトレッキング道はから見える峰々は何一つ変っていない、当たり前だが山が誕生してからの歳月に比べたら人間の一生なんて微々 […]

  • 2005年8月21日

父来ネパール

テレビ局に連れられてやってきた母に続いて、父が一人でネパールにやって来た。 父の人生で初の一人旅、重い荷物を持ち、英語も話せず、それでもどうにか飛行機を乗り換えネパールまでやって来てくれた。 父の年代になって一人旅は困難だったのだろうが、再会するなり 「お前が元気そうで安心した」 と笑顔で言う。こん […]

  • 2005年7月27日

テレビ局襲来

冗談の様な本当の話。 手品をしていたら、観客のネパール人の間から覗き込む日本人がいる。 「ずいぶん母に似ているな」 と思ってたら、母でした。 「海を超えた家族愛」という徳光さんの番組の撮影で、母が海を越えて来たらしい。以前、「取材してもよいですか?」とメールが来ていたのだが、父がテレビ嫌いということ […]

  • 2005年6月20日

手のひら

カトマンドゥに到着してあっという間に数日が過ぎた。 雪崩や滑落の恐怖に怯えることも、天気予報を聞いて一喜一憂することもない、あの薄い空気の中での記憶が薄れ、腑抜けた平穏な日々が流れていく。 カトマンドゥの街中を自転車を漕いでいて、ふと立ち止まった。何かが視線に入ったからではなく、自分の手のひらを見る […]

  • 2005年6月1日

疲労感

山頂は完全に雪で覆われている。 広さにして3畳くらい、そして「タルチョ」と呼ばれるチベット仏教の旗が雪面に刺さり、強風になびいている。 赤、青、黄、緑などの原色で、色はあせていないから今期の登頂者が残していったものだろう。ここに留まってこの素晴らしい景観を眺めていたいとも思うがそうもいかない、立ち止 […]

  • 2005年5月31日

終着点

もう稜線の先には何も見えない、何も存在しているものはない。 あるのはからっぽの青い空だけだ。 稜線の終わりに色とりどりの旗が見え、それが風になびいている。 雪と氷と岩の圧倒的な自然の中に、不釣合いな旗。 人類がそこまで達したという証。 荒げる呼吸の中、旗に向かって足を一歩一歩出していく。 そこがどう […]

  • 2005年5月30日

サウスコル

 岩場を進んで行くとテントが見え始めた、サウスコルにある標高8000mのキャンプ4だ。  サウスコルに着いたが我がチームのテントは無く、これから作るのだという。 強い風が吹き荒れていて、台風みたいだ。酸素マスクを外してみる、ゆっくり動けば酸素が無くても大丈夫そうだ、しかしここは標高8000mにもかか […]

  • 2005年5月27日

ジョセフの決断

5月27日からの好天に合わせ、キャンプ2まで登ことになった。 今年は良い天候に恵まれず登山期が大幅に遅れていた。 春が終わりを告げると、外気温が一気に上昇し、雪崩が頻発するようになる、通常はその前に登山を終了させるのだが、今年は未だに誰も登れていない。 最後の好天には多くの登山隊が期待をかけ、同時期 […]

  • 2005年5月25日

スティーブ下山

エベレストの春の登山期は4月5月であり6月はない。 なぜなら6月に入ると気温が上昇し、アイスフォール氷塊の崩壊が活発になるからだ。  5月でさえ氷壁の倒壊が起こり、その度にルートが変更になった。6月は更に崩れやすくなるというのだ、そうなるともう登山どころではないだろう。長年エベレスト登山を経験してい […]