イランの砂漠の中にポツンとあるバムの町を走行中のこと。
後ろからバイクの音が近づいて来たのは分かっていたが、まさか帽子をひったくるとは思わなかった。
イランの若者が旅行者をからかう為に帽子を持って行ってしまうという話しは聞いたことあった。しかしまさか自分が取られるとは全く考えていなかった。何だって自転車に乗っているのだから。
バイクが通り過ぎていく瞬間に頭に、風で帽子が飛ばされた様な感覚があった。
追い越したバイクに目をやると、三人乗りした若者で、一番最後部に乗っている若者がこちらを向いて、ニヤニヤしながら帽子を振った。片方の手で頭に手をやると帽子が無い、あれは私の帽子だ!
「やられた!くそっ」
と全力で自転車を漕いだが3人乗りとは言えバイクの方が早い。それでも信号か何かに引っかかれば追いつけるかもしれない。
もうボロボロだけどあの帽子には思い入れがある。エベレストの登山チームにいた時、シェルパ頭のペンバーから譲り受けたものだ。簡単にそこらで買ったものじゃない。
全力疾走にもかかわらず、若者のバイクとの差は広がりやがて視界から見えなくなってしまった。
バイクは完全に見えなくなったが、どこかで放り投げててくれればよいと、道路を注意深く見ながら進む。
人の汗のしみこんだ帽子なんか使わないだろうから。バイクの進んだ方へ自転車を走らせる。すると前方にバイクが止まっているのが見えた、奴らは私が自転車で追いかけてくるのを楽しんでいるのだ。
「そのまま動くな」
と再び全力疾走でバイクに近づく、私が近づくとさっき帽子を取った一番後ろの若者が帽子を道路の脇に「そらよ」と飛ばした。
私が帽子に飛びつくとでも思ったのだろう、しかし私は帽子には目もくれず、バイクに向かった。
その判断ミスで若者のバイクの発進が一瞬遅れた、自転車を飛び降り、バイクに飛び掛った。
若者は驚いたようで3人がバイクを倒して散り散りに逃げた。とにかく一番近くの奴を捕まえてふんじばってやろうと追い立てる、向こうも臨戦態勢になった。
何をするかと思ったら、地面に落ちている石を投げてきた、一つ、二つ。
「そんなものが利くか!」
と私は突進する、次に若者はコブシより少し大きい石を持った。それで私を叩くつもりらしいが、そんなものを持った時点で重くて、腕の動きが遅くなる。その間に私は彼に詰め寄り腕を掴んで組み合った。
その時一部始終を見ていた30代くらいの男性が私達の間に割って入ってきた。言葉は分からないが「やめろ、やめろ」と言うのだ。
興奮状態になっている人間に「やめろ」と言ってすぐにやめるはずがない。
私は若者の首根っこを掴もうとしていると、また「やめろ」という人間が近づいてくる。見ると制服を着た警察官で腰に銃も持っている。
警察が来たのではこれ以上何もしまい、なぜなら明らかに若者達が悪い、金品ではないにしろ、人のモノを奪っていったのだから。
警察官はペルシャ語しか話せないので、何とかゼスチャー交じりに彼らが帽子を奪っていったと説明する。
それが上手く伝わったのかどうか分からないが、若者達は警察官のバイクに乗せられて消えて行った。見ていた周りの人は「ポリスに捕まった」と言うが、そういう感じではない、ポリスのバイクにまたがる時の若者は神妙にしていない。
なんだか「とにかくこの場から去れ」と言われただけの様な気がする。帽子は無事に戻ってきたが、なんだか納得できない終わり方だ。
イランは親切な人が多いが、若者は旅行者を馬鹿にしたり、からかったりする輩が多い、それが残念。
今後も帽子に気を付けなくては、とにかくバイクのエンジン音が近づいてきたら要注意。
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