ドキュメンタリー番組

 いつもの様に路上に立ち手品をする、ところが手品が終っても立ち去らない男がいる。

 こういう場合は大抵、「秘密を教えてくれ」とか「もう一回やってくれ」 とか何かお願いが多いのだ。

 今日の男も人が少なくなった所を見計らって 話しかけてきた。
 何を言い出すかと思ったら、

「ドキュメンタリー番組を作らせてくれ」 と真顔で言う。

色々なことを言われることがある、これは初めてだ。

「えっ、ドキュメンタリ?ですか?」

と驚き聞き返す私。

「そう、君のドキュメンタリー番組が作りたいんだ」

と男は真剣に言う。
なんで路上で芸をやっている人間のドキュメンタリー 番組を作りたいのだ?
どう見ても彼はどこにでもいそうなインド人で 白いシャツにサンダル履き。

「またー、冗談でしょ」 とインドにありがちの調子のよい話なのかと思う。

時々インド人の思考回路 は突拍子もない想像を超えることもあるけど、今回もそれだ。

しかし目的は なんだろうか? 「本気?」 と彼に聞くと、 「本気だ」 と言う。

「とにかくスタジオを来てくれ」 と言う、ちょうど進む方向だったので、彼について行ってみる。

案内されたところは「テレビのスタジオ」というより、 どう見ても「街の写真屋」。

彼は部屋の奥から決して新しくはないビデオカメラを持ってきて、

更に「私の所のスタッフだ」と言って二人の男性を紹介してくれた。

二人ともサンダル履き、一人は「ルンギ」と呼ばれる腰巻を まいている。
思わず、笑いが出そうになったが、彼は至って真剣だ。

「これから一週間ここに滞在して、撮影しよう」 と言う。

「一週間??」 私は聞き返す。

インドビザの期限もあるので、
「そりゃ長い、ちょっと参加できないな。」
と言うと、

「分かった、じゃあ少しでいいから撮らせてくれ」

と熱い眼差しで頼むので、

「それなら」と了解した。

彼の演出でビデオカメラの前で登場するシーンからだった。

「バラの花を持って登場してくれ」

と言われて バラの花を渡された。
どういう演出だか全く分からないし、
路上で芸を している旅行者がバラの花を持って登場したら不自然じゃないの。
それになに、そもそもバラの花って何?
疑問だらけの演出だが、私も「いいよ」と言った手前彼の支持にしたがう ことにした。
その後も彼の演出で撮影が続いた。
どう考えてもドキュメンタリーじゃない、 むしろ彼の個人的趣味の映像じゃないのか?
なんにしろ撮影が終了。 一体何の撮影だったろうだろうか。

彼はこれをテレビ局に送ると言っているが、本当? 私はすぐにこの場を立ち去ってしまったので放送されたかは定かでないが、 どんな映像に仕上がっているのかは興味があるところだ。

つーか、あの主人ただ単に手品の撮影がしたかっただけじゃないだろうか。

【写真】路上で出会ったドキュメンタリー撮影スタッフ。
【写真】路上で出会ったドキュメンタリー撮影スタッフ。

最新情報をチェックしよう!

06海抜0mからエベレスト編の最新記事8件