15 イタリア回遊編

マドンナーロ

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初めて路上に絵を描く人を見たのはローマの路上だ。

最初は何をしているのか分からなかったが、近づくと顔をらしきものと、近くにお金の置いてある器があったので、大道芸の一つなのかと思った。しかし路面に絵を描いてお金になるのだろうかと通り過ぎながら思ったのだ。

次に見たのは歴史地区が世界遺産になっているシエナの町だった。

この町でも路上に絵を描いている人を見た、ローマに比べてだいぶ大きい絵を描いていたので、「あの絵を描くのに何日くらい掛かるのか」と思った。しかも路上だからいずれ消さなければならないのじゃないか、もったいない。その人もお金の器を側に置いていた。

そしてフィレンツェ、その路上に絵を描くというのが芸であるとはっきり分かった。

日が暮れてから町を歩いていると、路上に完璧に模写されたモナリザが描かれていたのだ。今まで見たのは描く工程だけだったが、モナリザは完全に完成していて、仕上がっていた、しかも路上でだ。

やはり器がならべてあり、グラッチェ、メルシー、サンキュウ、そして「おおきに?」と書かれていた、絵の側で腰掛けている人をみると、アジア人顔をしている。

もしかして・・と思っていると、「石の上にも三年」と書かれたプレートがあったので、日本人だと確信した。

【写真】路上にひたすら絵を描き続ける

【写真】路上にひたすら絵を描き続ける

「日本の方ですか?」と尋ねると、「そうです」との返事が返ってくる。この美しいモナリザを路面に書いただけでも驚いたが、それが日本人だと知って更に驚いた。

 彼はすぐにとトモヒロと名前を書いた紙をくれた、トモさんはフィレンツェで路上に絵を書き3年になると言う。そしてここで路上に絵を書き生活しているのだ。

 聞くと、この路上に絵を描くことを「マドンナーロ」といい、トモさんは「芸である」であるという。

 私としては「芸」というよりは「作品」と言った方がしっくりくるのじゃないかと思うので「これは芸なのですか?」とトモさんに聞きなおした。トモさん曰く「これは絵を書くのが目的でなく、絵を描く行程を見せている」とのことだ。それが証拠に絵が完成すると、なんと絵を消してしまうのだ。

絵の大きさに寄っては数日間を費やし書いた絵を綺麗さっぱりと洗い流してしまうといういうのだ。今この路上に描かれたモナリザも数時間後には消すと言う。「消す」という言葉をトモさんの口から聞いて、「これは「芸」なのだ」と思った。

「作品」というのはモノになり残るのだ、「芸」と言うのは形に残らない、あえて言うならば心の中にその余韻を残すだけなのだ。

【写真】路面に絵を描く芸マドンナーロ

【写真】路面に絵を描く芸マドンナーロ


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