15 イタリア回遊編

南のフィレンツェ

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南のフィレンツェと呼ばれるレッチェに着いた。

このレッチェはブーツの形をしたイタリアのかかと付近にある街。イタリアに初めて入った時に地図をボンヤリ眺めながら

「こんなかかとの先にも街があるんだ」

と思っていた街だ。地図で眺めるとただの都市名に過ぎないが自分がその地を訪れると地名と一緒にその地の情景が浮かび上がる。

ローマも、パリも、バルセロナも地図を眺めるとその街の名を「知っている」となるのだが、実際のその地を訪れたことがあるなら「コロッセオは大きくて雄大だったけど、中に入る行列がながかったなぁ」などという個人的感想が加わる。

つまり「旅行をして直接訪れるということは地図に彩を加える作業なのだ」どこの誰かが言っていたが、まさにその通りである。

地図上の一都市としてしか存在しなかったレッチェの街が訪れたことで自分の中で色濃く残る。「だから何?」と言われる実も蓋もないのだけど、まぁ自己満足ですね。

話はそれてしまったが、実はこのレッチェ「南のフィレンツェ」と呼ばれるほど豪華な建築物が多い。特に17世紀前後のバロック様式の建物が多いそうだ。

「何が南のフィレンツェだよ」と少し斜に構えながら旧市街に足を運ぶと、イキナリ門が凄い。「うおっっ」と唸りながら見上げ門で足が止まる。旧市街の入り口に門が残っている街は時々通過するけれど、レッチェの門はナントも豪勢だ。4本柱構成による一番上には人物像が乗り、その左右にも人物像がたたずんでいる。

【写真】イキナリ旧市街入り口の門から凄い。

【写真】イキナリ旧市街入り口の門から凄い。


「まぁ門はなかなか立派だな」とあくまでも冷静を装い足を進めるすると、門から入ってまた凄い。イキナリ右手に豪勢な装飾を施した教会がドーン、ドーンと2つ連なっている。驚いたのはその装飾の極め細かさ。

石を実際に削ったことは無いけど、石を削って人の像を掘り出すのに一体どのくらい時間がかるのか?想像もつかないけど、そんな像が教会の外壁に惜しげもなく並べられている。その数が多い。

【写真】石の人物像が惜しげもなく並べられている。

【写真】石の人物像が惜しげもなく並べられている。

「うひょー」と声を上げながら更に街の細路地に足を運ぶ。車の入ってこられない路地歩きはいつも楽しいものだ。この街は古い町並みが綺麗に残されている。「さすが、南のフィレンツェ」などと最初の姿勢とは一転、すっかりレッチェに魅了されている。

本物のフィレンツェは街が美術館などと言われるが、ここもそれに負けず劣らず素晴らしい。

【写真】さすが南のフィレンツェ芸が細かい。

【写真】さすが南のフィレンツェ芸が細かい。

極めつけがドーォモ広場で鐘楼が見下す広場。この広場はそれぞれの側面が鐘楼、大聖堂、司教館、元神学校など歴史を思わせる建造物に囲まれて、圧巻される。「ぐわっ」と声が漏れる。素直に素晴らしい。

【写真】青空に突き刺さる鐘楼。

【写真】青空に突き刺さる鐘楼。

このほかレッチェには2世紀のアリーナを初め多数の歴史的遺産が点在している。世界遺産登録の基準は時々「どうなっているんだろう?」と思わされるが、ここはいつ世界遺産に登録されてもおかしくないほどじゃないか。

街を一通り見て回ってから、よさそうな路上に立った。イタリア南部は恐ろしいほど人に勢いがあるので、「よし、気合を入れて!」と少し身構えて芸を始める。

すると「何だ。何かが違う!あれ??」

人々が一定の距離を保って、微笑みながら穏やかに芸を見るではないか。近づいて来て「おい、それはいいからもう一回あれやれ!」という注文が飛んでこない。

驚いた!イタリアは南部でもナポリやバーリを通り過ぎ南端の方まで来ると人が妙にゆったりしている。日本で言うと関西の人は元気がよいけれど、鹿児島まで行くと人が穏やかになるみたいな。

芸を続けるとコインを投げてくれる率も高いし、人がニコニコやわらかくとてもよい印象だ。

「こっ、これはまずい!美しい街並みに穏やかな人々」

何がまずいかって居心地がよすぎること。これはまた滞在が長引きそうな予感ムンムンである。

【写真】美しく人々も穏やかな街レッチェ。

【写真】美しく人々も穏やかな街レッチェ。


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