旧市街からの坂道を駆け上っていると荷物を満載した自転車を押している人の姿が目に入った。
荷物の量、積み方からして自転車旅行者だ。
ヘルメットをかぶっているので性別は分からなかったが、年配の人のようで動きがゆっくり。
「私も自転車で旅行しています」
と迷わず話しかけた。
すると
「英語は話せるの?」
と返事が返って来た。英語で話しかけたのに・・ショック、しかしそれより何よりこちらを向いたのが女性だったのでことさらに驚いた。
辺りを見たところ彼女のパートーなーになりうる自転車は見当たらない。つまり女性が一人で自転車旅行しているのだ。本当に驚いた。
女性の年齢は私よりも上である。それも恐らくずっと上だろう。彼女を見た瞬間に思ったのは「祖母に似ている」だったのだから。
「一人で自転車旅行をしているのですか?」
私が訪ねると、彼女は笑顔交じりで
「そうよ」
自転車旅行者なら誰もが話すであろう話題になった。名前はエリザベスさん、ニュージーランドの出身だそうだ。
どこから来て、どこに向かうのか。かいつまんで話すとベネチアから自転車旅行を始め、アドリア海に沿って南下してドブロブニクを折り返し、島を巡りながら北上していくというルート。
このクロアチア側のアドリア海沿いは景観は素晴らしいがなかなかアップダウンがきつい。まさに私が通ったコースなのでよくわかる。その道を一人の女性が自転車で来たというのだから驚きが止まらない。
女性に歳を聞くのは失礼かなと思って私は歳を聞かないでいたが、エリザベスさんの方から「76歳よ」と言う。76歳!というとうちの母より年上だ。そんな人が自転車で一人旅行をしているのが信じられない。
自転車の後ろにはテントも積まれている。つ・ま・り野営するのだ。
エリザベスさんは野営が好きで、この3週間で3日しか室内に寝ていないそうだ。このドブロブニクでも宿には止まらないで近郊のキャンプ場で寝泊りをしているというのだ。「最近、野宿には歳だなぁ」と思っていた自分は恐れ入る。
写真を撮ってもかまわないですか?という聞き方をしたら「どうぞ!」という返事が戻ってきたので写真を撮らせてもらった。
彼女はゆっくりと自転車を押し歩きながら話をしてくれていたが息が切れていて「今日は暑いわ」という。キャンプ場を目指しているというので
「道は分かりますか?」
「問題ないわ」
質問は溢れ出てくるのだが、あまりにしつこいのも迷惑かと思い、私は先むことにした。しかし、少し進んだところで、彼女に何か差し入れをしたいという衝動が起こった。「暑い」と言っていたのでジュースでもと思うが、そんなものより水がよいだろう。水こそすべての源である。水を必要としない人はいないのだから。そう考えて道路脇にあったスーパーに駆け込む。
こういう時に限ってレジが混んでいる。どうでもよいが地元の人はカードで買い物する人が多い。 やっと番になって水を買いスーパーを飛び出た。
外に出て道路を見渡すが彼女の姿が見えない。もう通り過ぎたのか、まだ通過していないのか?
「まだ」の方にかけて戻ることにした。エリザベスさんがもうここを通過していたら会えないだろう。とにかくペダルに力を入れて漕いだ。
なかなか見つからず「ああっ、やっぱり通り過ぎてしまったのか?」と思い始めたころ、歩道をゆっくり自転車を押す人の姿が目に入った。「いた!!」と彼女に近づいて手を上げる、気がついた彼女は「あら!」と驚いた顔をする。近づくと「それにしても今日は暑いわね」とニコヤカに言った。
水のボトルを持ち上げて「どうぞ!」と差し出したが、彼女は自転車のポールに取り付けられている水筒を指差して「これがあるから大丈夫!」と言う。いやいや「それでもお水は必要でしょう?」と差し出すと 「重いから」
確かに水1.5lは1.5kgの重量になる。困っていなければ重量がかさむのは避けたい、それが分かっているので、水を渡すのを諦めた。
「それでは、よい旅行を!」
ゆっくりと進む彼女に手を振って私は自転車を走らせた。
エリザベスさんに出会ったことで「自分はもう歳か」と思いを覆され、まだまだいけると元気をもらい、前に進む力を貰った。年配の人の大胆な行動はそれだけで大きな心のエネルギーをくれる。