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インド

  • 2006年3月26日

パキスタン入国

昨夜はシーク教徒の総本山であるゴールデンテンプルの無料宿泊所に泊まった。 ここからパキスタンの国境までは30kmもないそうだ。 朝7時に宿泊所を出発して国境を目指した。今日は生憎の曇り空で、今にも雨が降ってきそうだ。 日曜日の早朝のせいか、昨日はあれほど混雑していたアムリトサルの道も今日は空いていて […]

  • 2006年3月16日

ターバンのインド人

日本にいる頃「インド人」と聞くと何故か頭にターバンを巻いた民族と思い込んでいたのだ。 今思うとあれは「タイガージェット・シン」という1970年代から80年代(古い!)に活躍していたプロレスラーや、カレーのテレビコマーシャルでターバンを巻いたインド人が出ていたりとそんなことから作られたイメージだったの […]

  • 2006年3月15日

パンジャブ州

インドは州境を超えると様々なものが変化する。 それは習慣であったり、食生活であったり、言語さえも変わることも少なくない。今日パンジャブ州へ入ったがここの変化もかなり大きい。 まず自転車で走っていて気がつくのがその舗装の良さ。 路面がスムーズでありキチンと車道と歩道を分ける白線が引かれていのでトラック […]

  • 2006年3月9日

専門学校で授業?

泊めさせていただいた部屋は凄く豪華だった。 3mはある高い天井、壁に施された装飾、大きなダブルベットに、応接のソファセット、6畳はあるバスルームにバスタブ、もちろん熱いほどのお湯が出てくる。 昨日の野宿ととは大違いである、こんなところに泊めてもらうような自分ではないと思いつつもありがたい。何かの勘違 […]

  • 2006年3月7日

インド北部へ

デリーを出発してから真っ直ぐパキスタンに向かわずに、インドの北部を経由して行くことにした。 理由は二つ、ガンジス河の源流を見たかったのと、チベットから亡命しているダライラマが住んでいるダラムシャラーを訪れてみたいと思ったから。 ベナレスと同じ、ガンジス河沿いの聖地であるハルドワルにはデリーから二日で […]

  • 2006年2月16日

殴られ連行

手品の人だかりを割って、二人の警察官が私の目の前に現れた。 「なんだ」と思った瞬間、警察官の手が伸びてきて私の顔を殴った。 「おい、なんなんだ!」 と言う暇も与えず、二発目が反対側の頬をはじいた。 こちらに一言も喋らせず、いきなり叩かれることがあるのか。 「私はツーリストで」 といいかけたら三発目が […]

  • 2006年1月27日

パキスタン大使館

今日はパキスタン大使館に行くために早起きをする。 パキスタン大使館の営業は8時半と書かれていたが、昨日見た状況ではその前に行かないとかなり列の後方になってしまうに違いない。 「開始時間より早めに」 これは今までのビザ取得で学んだことである。これをしなかったために列の途中で閉館時間になり、また大使館に […]

  • 2006年1月13日

小学校で手品

カルカッタを出発しデリーに向かっている。 ジェネレーター(発電機)や近くで話をするおっちゃんのお陰で眠れないかと思ったが我ながら感心するほどよく眠れた。 8時に寝て翌朝6時半までだから10時間以上寝ていることになる。そりゃ寝すぎだ、しかし太陽と共に起きて、日が沈んで寝るとこのリズムになってしまう、あ […]

  • 2006年1月1日

倉庫で年越し

 2006年はインド、カルカッタの倉庫で明けた。  今日ぐらいカルカッタの喧騒も静かになるのかと思ったが、新年早朝からクラクションが鳴り響く、この街は一年中静寂とは無縁らしい。 今いる倉庫はカルカッタに在住の中村さんの経営する小学校の荷物置き場的なところ。 たまたま縁あって旅人から中村さんを紹介して […]

  • 2005年12月11日

再びのゼロ

 ビランプールに着いたことによりエベレストの山頂から始まった0mに戻る旅も終焉を迎えた。 海から8848mを目指し、今度は0mに戻ってきたのだ。 ヒマラヤに降り積もった雪が太陽に溶かされて雫となり、小川になり川になりそして大河になる。 そして大河はゆったりと海に流れこんでいる。 この旅行を通じて水の […]